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大阪地方裁判所 昭和23年(行)118号 判決

原告 田村楠太郎

被告 和泉市農業委員会・国

主文

一、被告和泉市農業委員会との間において、大阪府泉北郡横山村農地委員会が別紙物件表記載の土地について定めた農地買収計画を取り消し、その買収計画について原告の異議の申立を却下した決定の無効であることを確認する。

二、原告のその余の訴を却下する。

三、訴訟費用は、原告と被告国との間に生じた分を原告の負担とし、原告と被告和泉市農業委員会との間に生じた分を同被告の負担とする。

事実

原告は、「別紙物件表記載の土地について大阪府泉北郡横山村農地委員会が定めた買収計画及びその買収計画に基く政府の買収を取り消す。被告等は、右政府の買収の無効であること並びに右の買収計画及びこれに関する公告、異議却下決定、承認、買収令書の発行の無効であることを確認せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一、被告和泉市農業委員会の前身である大阪府泉北郡横山村農地委員会は、原告所有の別紙物件表記載の土地につき、これを原告の先代である訴外亡田村与三郎の所有であるとして、同人に対し、自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条第一項第一号に該当するいわゆる不在地主の所有する小作地として、昭和二二年一〇月二日を買収の時期とする農地買収計画を定め、その旨公告した。与三郎は、同年八月六日横山村農地委員会に対し異議を申し立てたが、同月一八日却下されたので、更に同月二六日大阪府農地委員会(以下府農地委員会という)に対し訴願したところ、同委員会は、訴願期間徒過後のものとして単に請願として取り扱い、なんら裁決をせずに右買収計画を承認した。与三郎は大阪府知事が右買収計画に基いて発行した買収令書を昭和二三年五月二〇日に受け取つた。

二、本件買収計画は、次の違法があるから取り消さるべきものである。

(一)  本件土地の所有者を誤認した違法がある。すなわち、与三郎は昭和二〇年一一月一九日南池田村役場へ隠居届をして隠居し、原告が家督相続したので、原告は同日本件土地の所有権を取得した。従つて右買収計画が立てられた当時本件土地は原告の所有であつた。しかるに横山村農地委員会は、認定を誤つて前述のとおり与三郎を所有者とし、同人に対し買収計画を立てたものである。

(二)  仮に買収計画当時本件土地が与三郎の所有であつたとしても、同人は昭和二一年に南池田村から本件土地の所在村である横山村の大字下宮一九九番地へ転居し、買収計画当時同所に居住して主食等の配給を受け、村民税その他の公租公課を納付していたから、不在地主ではない。仮に右主張が理由なく、買収計画当時与四郎が南池田村大字国分峠八一一番地に居住していたものとしても、本件土地については自創法第三条第一項第一号のいわゆる準区域の指定をすべきである。すなわち、本件土地は南池田村と横山村の村界に近接し、与三郎の右住居から二〇〇メートルないし三〇〇メートルの距離に位置するもので、与三郎はかつて一家をあげて本件土地を自作していたのであり、地理的にも社会的経済的にも右土地は南池田村に準ずる区域にあるといわなければならない。従つて与三郎は不在地主ではない。準区域の指定をせずに不在地主として買収計画を立てたのは違法である。

(三)  本件土地は小作地ではない。終戦当時原告方の人手不足のため一時右土地を他人に預けてはいたが、同人との間で小作契約を結んだものではなく、もちろん小作料も受け取つていない。これを小作地として買収計画を定めたのは違法である。

(四)  本件土地は自創法第五条第五号に該当する農地であつて買収できないものである。すなわち、本件土地は府道天野街道及び天鬼街道に沿い、地盤高く、宅地や工場敷地に適している。その周辺は横山村の人口増加、産業復興に伴い次第に宅地化している。この諸条件に照らすと、本件土地は近く農地としての使用目的を変更さるべきものであるといわなければならない。従つてこの点を看過して買収計画を定めたのは違法である。

(五)  本件土地の附近は農地が狭少で需要が多いためその価値は他に比して高く、自創法第六条第三項にいう特別の事情の存する土地である。しかるに、この点を顧慮せず、一般的標準である賃貸価格の四〇倍をもつて対価と定めたのは違法である。

三、更に、右買収計画、その公告、異議却下決定、承認、政府の買収及び買収令書の発行には次の手続上の違法があるから右各行政処分は無効である。

(一)  買収計画(1)本件買収計画は、横山村農地委員会作成名義の買収計画書なる文書をもつて表示されている。しかし被告委員会に備えてある横山村農地委員会議事録によれば、右の買収計画書の内容と一致する決議のあつたことが明認し難く、また右買収計画書には決議を要する買収計画事項の全部が完全には表明されていない。すなわち、右買収計画書は横山村農地委員会の決議に基き、かつ法定の内容を具備する適式の買収計画と認めるに足りない。(2)買収計画書は委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、買収計画書に、委員会の特定具体的決議に基いた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名あることをその有効要件とするが、本件買収計画書には右の記載と署名がない。

(二)  公告 市町村農地委員会はその決議をもつて買収計画の公告という行政処分をしなければならない。その公告は、買収計画という委員会の単独行為を相手方に告知する意思伝達の法律行為である。適法な公告があつてはじめて買収計画に対外的効力が生ずる。ところで本件買収計画の公告は(1)横山村農地委員会の決議に基いていないし、(2)横山村農地委員会の公告ではなく、会長の単独行為であり、その専断に出たものである。(3)また公告の内容は買収計画の告知公表であることを要するのに、本件公告は単にその縦覧期間とその場所を表示したにすぎず、自創法第六条に定める公告としての要件を欠いている。

(三)  異議却下決定 (1)与三郎に送達された異議却下決定は、横山村農地委員会がこれと一致する決議をした証跡がない。また同委員会の議事録にこれを証明するに足る記載がない。(2)その決定書は会長単独の行為または決定の通知とは認められるが、同委員会の審判書と認むべき外形を備えていない。

(四)  承認 買収計画につき、市町村農地委員会は自創法第八条に従つて都道府県農地員会にその承認を申請し、都道府県農地委員会は、その買収計画に関する法律上事実上の事務処理について違法または不当の点がないかを厳密に審査し、その承認を行うものである。すなわち買収計画の承認は、承認の申請に基き買収計画に関し検認許容を行う行政上の認許で、行政上の法律行為的意思表示であり、行政処分たる法律上の性格を有する。買収計画はその公告によつて対外的効力を有するが、さらにこれに対する適法有効な承認があつてはじめてその効力が完成し、ここに確定力を生じ政府の内外に対し執行力を生ずる。ところで(1)本件買収計画に対しては適法な承認がない。府農地委員会は、今次の農地改革における各買収計画に対し法定の承認決議をした外形があるが、市町村農地委員会の適法な申請に基かないものがあり、概して承認の決議自体無効である。このことは本件買収計画に対する承認についても同様である。(2)本件買収計画に対して承認の決議はあつたが、この決議に一致する府農地委員会の承認書が同委員会によつて作成されていない。また横山村農地委員会に送達告知されていない。すなわち買収計画に対する適法な承認の現出告知を欠く。故に承認なる行政処分は存在しない。仮に右の決議をもつて承認があつたとしても、かかる決議は法定の承認たる効力がない。

(五)  政府の買収 自創法による農地宅地等の政府による買収は一種の公用徴収である。この政府の買収には広狭二義あり、狭義においては買収を目的とする行政処分のみを意味し、広義においてはこの処分とその執行とを包含する。狭義における政府の買収に関しては、特定の行政庁において独立の文書でこれを表示することなく、広義における政府の買収に関しては、知事が買収令書なる文書を発行してこれを被買収者に交付し又は公告し、これによつて狭義の買収処分すなわち行政処分を執行し、広義の買収すなわち公用徴収を客観的に具現完遂する。そして狭義の買収は政府みずから行わずその買収権限を各農地委員会に委譲し、各委員会はその決議をもつて買収計画を確立してこれを公告し、異議訴願なる中間手続を経たのち認可または承認により各買収計画の確定をみる。すなわち狭義の政府の買収は政府みずからの行政処分に属せず、政府から買収権限の委譲を受けた各委員会の行政処分に外ならない。そしてこの処分は買収計画に対する認可または承認が適法に行われその効力を生じたことによつて成立する。しかし法律はこの場合政府の買収の成立したことを外部に公表する独立の文書を要求しない。すなわち政府の買収に関しては、政府みずからもまた各委員会も独立した政府買収書なる文書を作成することを要しない。故に政府の買収なるものは買収計画に対する認可または承認という外形的行為すなわち認可書または承認書が各委員会に送達せられたという法律事実の現出によつてその成立を確認すべきである。従つて政府の買収の有効無効は究極するところ買収計画及び買収手続の有効無効の判定である。買収計画ないし買収手続上の各行政処分のいずれかに瑕疵があり無効であれば、買収そのものも無効である。

(六)  買収令書の発行 政府の買収という行政処分は知事の買収令書の発行という行政処分により執行せられる。この買収令書が適法に交付または公告され、執行の効力が完全に生じた時に政府の買収という行政処分は完全に目的の達成をみる。すなわち広義の政府の買収は、買収令書の適法な発行とその被買収者に対する適法な告知により客観的に具現し終局を告げる。この買収令書は具体的に言えば、認可または承認によりその確定力を生じた買収計画の執行処分に外ならない。右のとおり買収令書の発行は政府の買収という行政処分の執行であり、買収計画について適法有効な認可または承認のあつたことを先決要件とする。故に(1)買収令書に表示された買収要項が買収計画の内容と一致しない場合、(2)買収令書の発行が適法な認可または承認が効力を生ずる以前になされた場合、(3)買収令書が買収計画に定めた買収時期以後に発行された場合(この場合は買収計画の執行に該当しない)、(4)買収令書に誤記違算がある結果買収計画と内容を異にする場合(この場合は買収令書自体がその要素において無効である)は、いずれもその買収令書の発行は無効である。

従つて、本件土地についての政府の買収、買収計画、その公告、異議却下決定、買収計画の承認、買収令書の発行はすべて無効である。」

被告両名は、本案前の抗弁として、

「一、被告等は昭和二〇年一一月二三日当時本件土地の所有者が与三郎であつたことを主張するが、仮にそうではなくて原告の所有であつたとすれば、所有者でない与三郎は本訴につき当事者適格を有しない。

そうすると、与三郎の提起した本訴を承継した原告も当事者適格を有しないといわなければならないから、本訴は却下さるべきである。

二、与三郎は横山村農地委員会のした異議却下決定に対し訴願をしていないから、本訴のうち本件買収計画の取消を求める部分は不適法である。」

と述べ、本案に対する答弁として、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

「一、原告主張の一の事実は、本件土地が買収計画当時原告の所有であつたとの事実及び与三郎が昭和二二年八月二六日に府農地委員会に訴願したとの事実を除き、その他を全部認める。右除外した原告主張事実は否認する。横山村農地委員会は、本件土地につき、昭和二二年七月一五日買収計画を立て、同日公告し、これを同年八月七日まで縦覧に供した。

右買収計画は、当時の自創法附則第二項により、昭和二〇年一一月二三日現在における事実に基いて定められたもの(以下遡及買収という)である。府農地委員会は昭和二二年九月二八日右買収計画を承認した。

二、昭和二〇年一一月二三日当時本件土地の所有者は与三郎である。

仮に当時原告の所有であつたとしても、登記簿上の所有名義人は与三郎となつていたものであり、本件買収は、登記簿の表示に従つて与三郎を所有者と認定し、同人に対してなされたものであるから違法でない。農地買収は、急速かつ広範に自作農を創設するために全国的に極めて大量の行政処分を実施するものであるから、登記簿上の所有名義によらず真実の所有者を探求し、その者から買収することを要求するのは不可能を強いるものである。自創法はその目的達成のために行政庁に右のような義務を課しているものと解することはできない。また、国が行政権を発動して私法上の権利関係の変動をはかる場合においても、その対象となる権利関係については私法の適用があるべきである。民法第一七七条は農地等の買収の場合にも当然あてはまるものであり、行政権の発動であるからといつて同条を適用しなくてもよい理由はない。そもそも真の所有者が誰であるかということ自体が民法の規定により決せられるべきものである。もし農地等買収の場合に民法第一七七条の適用がないと解すると、国に対してのみ物権移転につき民法第一七六条のみを適用するのと同様の著しい特権を認めることになり、また例えば土地が甲からまず乙に譲渡され、その後甲から丙に二重譲渡されて丙が先に所有権移転登記を完了した場合、丙は私法上自己の所有権を乙その他の第三者に対抗できるのに、国はこの場合でも乙から買収しなければならないから、丙は国に対しては自己の所有権を主張できないことゝなり、私法上の所有権体系を破壊することになる。かゝる結果を容認せざるをえないような解釈はとうてい正当なものとはいえない。従つて、国が登記簿上の所有名義人から買収して所有権取得登記を経たときは、前者の登記が有効なものである限りその買収は適法である。

三、仮に右主張が理由なく、本件買収が違法であるとしても、本件は行政事件訴訟特例法(以下特例法という)第一一条の処分を取り消すことが公共の福祉に反する場合に該当する。なぜならば、本件は所有者を隠居者である与三郎として買収したにすぎず、本件土地そのものは、所有者が与三郎であろうと原告であろうと当然買収さるものであり、他方、本件買収計画及び買収処分は昭和二二年に行なわれ、同年売渡処分を受けた従前の小作人は、以来一〇年間も本件土地を自己の所有地として耕作しているのであつて、今更右のような形式的違法を理由に本件買収計画を取り消すのは、たゞ権利関係の混乱のみを招来し、公共の福祉に反するものといわなければならない。

四、与三郎が南池田村から横山村大字下宮に転居したのは昭和二一年八月一六日であり、本件買収は遡及買収であるから、不在地主として買収したのは適法である。

また、原告は本件土地が南池田村に準ずる区域として指定さるべきであると主張するが、準区域の指定は、所有者の居住する市町村地区と当該土地の存する隣接市町村地区との間の社会的経済的沿革によつて特に必要である場合になされるもので、隣接市町村地区の同意を必要とし、かつその区域は字の程度に限られ、各個人について個々の農地を一筆毎に指定することは認められない。本件土地は準区域の指定を受くべき場合に該当しない。

五、本件土地は昭和二〇年一一月二三日当時小作地である。別紙物件表の(1)、(2)、(3)の土地は、訴外小林茂が、昭和八年頃から小作料一石八斗毎年末払の約で、(4)の土地は、訴外植野実治が、先々代の頃から小作料一石五斗毎年末払の約で、(5)、(6)、(7)、(8)の土地は、訴外切坂安太郎が、昭和一四年頃から小作料三石五斗毎年末払の約で、(9)、(10)の土地は、訴外葛城松太郎が、昭和七年頃から小作料三石三斗六升毎年末払の約で、(11)の土地は、訴外池辺フサヱが、昭和七年頃から小作料一石二斗六升毎年末払の約で、それぞれ与三郎から賃借小作していたものである。

六、本件土地は自創法第五条第五号に該当する条件の備わつた土地ではない。

七、買収対価の不当は買収計画自体を違法ならしめるものではない。

対価に対する不服は自創法第一四条の訴を提起して争うべきである。のみならず、特別事情による価格を定める場合でも近傍類似の農地の時価を超えることはできない(自創法施行令第九条)。そして農地の時価は、農地調整法第六条の二により、当該農地の土地台帳法による賃貸価格に主務大臣の定める率を乗じて得た額を超えて取引等してはならないとして公定価格が定められており、その率は、農地調整法に関する告示により、現況田である場合は四〇と定められている。従つて賃貸価格の四〇倍を算定した本件買収の対価は不当でない。

八、本件買収計画は、横山村農地委員会で適法に決議され公告されたもので、その他買収処分に至るまでの手続はすべて適法に行なわれている。」

(立証省略)

理由

一、(一) 被告国に対し買収計画の取消を求める部分は、国は買収計画を定めた行政庁ではないから、国に被告たる適格がない。(特例法第三条)

(二) 被告国に対し、買収計画、異議却下決定及び買収令書の発行(買収処分)の各無効確認を求める部分は、国に被告たる適格がない。

そもそも行政処分の無効確認訴訟と行政庁の違法な処分の取消または変更を求めるいわゆる抗告訴訟との差異は、当該行政処分が重大かつ明白な瑕疵を有する場合は、その行政処分は当初からその目的とする法律効果を発生しないのであつてなんらの効力をも生ずる余地がなく、その処分に利害関係を有する者は何びとでもいつでもその無効を主張できるのに対し、単に取消原因にすぎない瑕疵を有する行政処分は、抗告訴訟によるなど権限のある機関により適法に取り消されるまでは一応その効力を保有し、いわゆる公定力ないし適法性の推定を受け、これによつてその行政処分に安定性を与えようとするものであるという点の差異に由来するものであると解するのが相当であり、それ以外に右の二つの訴訟型態の間に本質的な差異を設ける理論的根拠を見出せない。従つて、無効確認訴訟において、特例法の抗告訴訟に関する規定のどれが準用されどれが準用されないかということも右の観点から観察しなければならない。これを無効確認訴訟の被告についてみると、同法第三条の規定の意図するところから考えて、抗告訴訟の場合とその取扱いを異にしなければならない必要は右の観点からこれを引き出すことはできず、むしろ同条を無効確認訴訟の場合にそのまま準用し、抗告訴訟の場合と同一に取り扱うのが相当であると解する。従つて原告の右の各訴については、それぞれその処分をした行政庁のみが被告適格を有し、国はその適格を有しないというべきである。

(三) 被告委員会に対し買収令書の発行(買収処分)の無効確認を求める部分は、同委員会の前身である横山村農地委員会は右行政処分をした行政庁ではないから、前述の理により被告委員会に被告たる適格がない。

(四) 被告等に対し買収計画の公告及び承認の各無効確認を求める部分は、行政訴訟の対象とならないものを訴訟物とする訴であるから、不適法である。すなわち買収計画の公告は買収計画を定めた旨を告知する手続にすぎず、独立の行政処分ではないから、また都県府県農地委員会が市町村農地委員会の買収計画を承認する行為は行政庁相互間の対内的行為であつて、行政庁の国民に対する対外的行為ではないから、いずれも行政訴訟の対象となる処分ではない。

(五) 被告等に対し「政府の買収」の取消及び無効確認を求める部分は訴の利益がない。原告等は自創法による農地買収手続のうち買収計画の樹立から承認に至る一連の手続を「狭義の政府買収」、さらに買収処分(買収令書の発行)が行なわれるとこれを「広義の政府買収」と称し、この両者を含めて「政府買収」というのであるか、右の一連の個々の手続を離れてことさらに右のように包括的に「政府の買収」という観念を取り入れ、これを出訴の対象とする必要も利益もないといわなければならない。なぜならば、右の一連の各段階の手続に対しては、それが被買収者に直接向けられ、その法律上の地位に直接の影響を及ぼす限りにおいて、直接その効力を争つて出訴することが認められているからである。

(六) 被告委員会に対し買収計画の無効確認を求める部分は訴の利益がない。同一行政処分の取消と無効確認とを一の訴で訴求する場合、論理的には、両者は互いに択一的または予備的請求の関係に立つべきものである。従つて、本件においては後記の理由により右買収計画を取り消すのであるから、更に重ねて右買収計画が無効であることの確認を求める実益はないといわざるをえない。

二、被告等の本案前の抗弁について。

(一)  後に認定するとおり、昭和二〇年一一月二三日当時、本件土地の所有者は原告である。当時与三郎は本件土地の所有者ではなく、本件土地の買収によつて自己の権利ないし利益を侵害されたとも認められない。従つて与三郎が、本訴をもつて右土地の買収計画、買収処分等の適法性及び有効性を争う適格を有しないことは、被告等の主張するとおりである。しかしながら、与三郎が当事者適格を有しないから、同人提起した訴訟を承継した原告も、依然として適格を有しないと解することは、正当ではない。

訴訟の当然承継が行なわれた後は、承継人が当事者となり、その判決の効力も承継人と相手方との間に生ずるのであるから、当事者適格の有無は承継人について判断すべきである。原告は、自己の所有農地を本件買収計画、買収処分により買収されたのであるから、本訴につき当事者適格を有するものといわなければならない。被告等のこの点に関する抗弁は理由がない。

(二)  原告は、与三郎は、同人の異議申立を却下する旨の横山村農地委員会の決定に対し、法定の期間内に訴願をしたと主張するが、これを認める証拠はなく、かえつて成立に争いのない乙第一一号証によれば、右決定に対しては訴願をしなかつたことが認められる。被告等は、この点をとらえて、本訴のうち本件買収計画の取消を求める部分は不適法であると主張する。しかしながら、特例法第二条の定める訴願前置制度の趣旨はは、違法な行政処分について、司法審査に服させる前に、行政庁の立場を尊重し、一応の反省の機会を与えて、行政権による適法妥当な解決のなされることを期待し、他面これによつて裁判所の負担軽減をはからんとするにあるのであるのであつて、決して権利救済の途をせばめるために設けられたものではないのである。従つて、法令上一定の行政処分に対する訴願手続が二段階以上設けられているときでも、特にその手続のすべてを尽すことを要請する趣旨の規定がある場合(たとえば所得税法第五一条)は格別、そうでない場合は、必ずしも全段階の訴願手続を終ることを要しないものと解するのが相当である。自創法上買収計画に対しては異議及び訴願の二段階を経なければならないことを定めた規定は存しないから買収計画に対しては異議のほかに重ねて訴願をすることなく抗告訴訟を提起しても違法ではないというべきである。与三郎が適法期間内に異議申立をしたことは当事者間に争いがないからこの点に関する被告等の主張は理由がない。

なお出訴期間について一言する。

出訴期間の目的とするところは、行政処分の公共性にかんがみその効力を早期に確定させて法的安定性を与えようとするものである。ところで、買収処分と買収計画の実体的要件は共通であるから、被買収物件の所有権移転という自創法の本来的効力を生ずる買収処分がまだ争いうる状態にある以上、買収計画のみ先に不可争性を与えることはなんら積極的な意味がない。従つて買収計画の出訴期間の終期を買収処分のそれと一致させ、その終期までならばいつでも買収計画に対する抗告訴訟を提起することができると解するのが相当である。たゞ買収計画に固有の手続的要件は買収処分と共通でないから、これのみ独立に早期に不可争性を与えることは十分意味がある。従つて、買収計画の時、または異議申立及び訴願をしたときは訴願裁決の時を基準にして、自創法第四七条の二により算定した期間を経過した後に提起された買収計画取消の訴においては、右買収計画に固有の手続上の違法を主張することは許されないと解すべきである。(当裁判所昭和二三年(行)第一九三の一号事件昭和三三年一二月五日判決参照)。本件買収令書が与三郎に交付されたのが昭和二三年五月二〇日であることは当事者間に争いがないから、同年六月一四日に提起されたこと記録上明らかな本件買収計画取消の訴は適法である。

よつて以下本案の判断に入る。

三、被告委員会に対する買収計画取消請求の当否について。

(一)  本件土地につき、横山村農地委員会が、与三郎を所有者であるとして、同人に対し買収の時期を昭和二二年一〇月二日とする農地買収計画を定めたことは当事者間に争いなく、証人吉田義夫の証言によれば、右買収計画はいわゆる遡及買収として計画されたものであることが認められる。

(二)  成立に争いのない甲第一七号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件土地はもと与三郎の所有であつたが、同人は、昭和二〇年一一月一九日南池田村役場に隠居届をしこれを受理されて、財産留保をせずに隠居し、原告が同日家督相続の届出をして本件土地の所有権を取得したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、遡及買収の基準日である同月二三日における本件土地の所有者は原告である。

自創法による農地等の買収は、国家が権力的手段をもつて強制買上を行なうものであつて、対等の関係にある私人相互の経済取引を本旨とする民法上の売買とはその本質を異にするものである。

従つて、私経済上の取引の安全を保証するために設けられた民法第一七七条の規定は、自創法による買収処分の場合に、国のためにはその適用がないと解すべきである。買収を行なうには、単に登記簿の記載に依存して慢然と登記簿上の所有名義人に対して行なうべきではなく、真実の所有者に対して行なわなければならない。(最高裁判所昭和二八年二月一八日大法廷判決参照)。

被告等は、登記簿によらず真実の所有者を探求するのは不可能であると主張するが、行政庁が登記簿上の所有名義人に対して買収計画を立て買収処分を行なうのは、便宜上の手段の問題にすぎず、理念的には本来真実の所有者から買収すべきものであつて、真実の所有者を知ることは決して一般的に不可能なことではない。

行政処分の違法は、処分行政庁の過失の有無とか調査の難易とかに関係なく客観的に決すべきものであるから、行政庁が登記簿上の所有名義人と真実の所有者とが異ることに気付きえない場合が多いということは、前記のように解する妨げとはならない。

また、国のためには民法第一七七条の適用がないという意味は国は同条にいう「登記をしなければ対抗できない第三者」に該当しないということであつて、それ以上の意味を持たせるものではない。同条の適用を全面的に排除しようとするものではないのである。従つて、被告等主張のように、国に対してあたかも物権変動につき民法第一七六条のみの適用があるのと同様の利益を認めるものでもなければ、被告等設例の場合に乙から買収すべきことを要求するものでもない。設例の場合には、まさに丙が真実の所有者である。

本件においては、前認定のとおり、遡及買収の基準日当時原告が本件土地を所有していたのであるから、これを与三郎の所有であるとして同人に対してなした買収計画は違法たるを免れない。

(三)  被告等の特例法第一一条の抗弁について。

右認定の本件買収計画の違法を被告等は単なる形式的な軽微な違法であるかのように主張するが、そうではない。仮に本件土地がいずれ買収を免れえないものであるとしても、所有者でない者から買収すれば、所有者たる原告は、他人に対する行政処分によつて対価を受けることなく本件土地の所有権を失い、憲法で認められている財産権の保障をも奪われることゝなるから、所有者を誤つた違法は重大であるといわなければならない。一方本件土地の売渡処分を受けた者は、買収計画が取り消されても従前の小作権が復活する(もし原告主張のように本件土地が小作地でなかつたとすれば、もとより右買収計画の取消は免れない)から、依然本件土地の耕作を継続することができるわけで、買収計画の取消によつて直ちに生活の途を失うことゝはならないし、殊に被告等主張のように、買受人等が本件土地につき従前賃貸借による小作権を有していたものとすれば、農地賃貸借の解除または解約は、農地法第二〇条により、厳重な行政的監督が行われることゝなつているから、賃借人としての地位は一応安定しているものといえる。

右買収計画の違法の重大性と、買受人の法的地位とを彼此衡量し、その他一切の事情を考慮すると本件は到底特例法第一一条により請求を棄却すべき場合に該当しないといわなければならない。

(四)  従つて、本件買収計画は、その余の点につき判断するまでもなく取り消されなければならない。

四、被告委員会に対する異議却下決定の無効確認請求について。

本件土地の買収計画につき与三郎が申し立てた異議に対し、横山村農地委員会が、昭和二二年八月一八日これを却下する旨の決定をしたことは、当事者間に争いがない。

前記のとおり本判決において本件買収計画を取り消す以上、右異議却下決定も当然失効するものであるから、この意味で右異議却下決定は無効となる。

五、よつて、本件のうち、被告委員会に対する本件買収計画の取消請求及び異議却下決定の無効確認請求は正当であるから、これを認容し、被告委員会に対するその余の訴及び被告国に対する訴の全部は不適法であるから、これを却下することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 高橋欣一)

(別表省略)

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